前夫の自死に向き合う 16

【地元に帰る】

 

四十九日にお兄さんと一緒のお墓へ納骨、

それから間もなく初盆になりました。

 

初盆の片付けをしていると

お義母さんから

「もう自由にしていいからね。

 ここにはもう来なくていい」

と話がありました。

お義母さんは真剣でした。

 

そのことを仲人の友人に話すと

「初盆の片付けってそんな手伝いまでしてきたの?!

 もう行かなくていいよ、地元に帰りな」と

彼女は舌鋒鋭いけど

私を守りたい、これ以上不幸にさせたくない

と心の中で切実に願うような

私にはない美しい純粋さがありました。

 

ちょこちょこ電話をくれた師長さんや

私が数年通った心療内科の先生からも

「慣れた土地で生活するほうがいい」

と勧められました。

 

私が信頼できる方たちが声を揃えて

地元に帰るようにと言うならそうしようと

一生働こうと思って就職した病院を3ヶ月で退職し

地元に帰ることにしました。

 

葬儀のあと、ひとりで過ごす夜があまりにも辛く

一度だけ実家に帰ったことがありました。

積極的に帰らなかったのは、

実家は針のむしろだろうという気がしたからです。

 

私が帰ると母は布団を敷いて寝込んでいました。

震えた声で

「あぁもうだめだ…」

と布団の中でうずくまっていて

「食欲がなくて食べられない」

「周りにどうゆう目で見られるか…」

などと言いながら

子供のように肩を震わせて

私の前でひっくひっくと泣きました。

 

「誰もお母さんを責めたりしないよ。

 今まで通り生きていて大丈夫だよ」

と励ましました。

 

母親がここまで落ち込む姿を見ることになるなら帰るべきではなかったと思いました。

母が私の不幸を自身の不幸にして力を落としているのも理解できたので母のことは責めませんが、

私と母は共依存のような、歪んだ親子関係になっていると感じました。

 

私は実家には住まずに

母親と距離をおいた方がお互いのためだと思い

アパートを探しはじめました。

 

いいなと思う物件が2件ありました。

1件目は家賃が予算内。

2件目は1件目より5,000円高かったけど

白い壁のかわいい内装にときめきました。

一生懸命働くし節約もするからここに住みたいと

高い方に決めました。

 

通り慣れた道路、私が好きな近道、

行き慣れたスーパー、変わらない住宅街

見慣れた光景がおかえりと言ってくれているようで

30年住んだ場所はこんなにも安心できるのかと

地元に帰ると決めたことは正解だったと思いました。

 

母は徐々に元気を取り戻し

私が再婚でき孫ができたことを心から喜びました。

孫と遊ぶことが大好きで

娘もおばあちゃんが大好きです。

現在は、母に助けられることが多く

とても頼れる存在です。