前夫の自死に向き合う 17

【再就職】

 

看護師の資格があったおかげで

幸い求人はすぐに見つかりました。

 

履歴書を見ながら師長さんが

准看護師のときはこんなに長く勤めたのに、

 正看になって就職した病院は

 3ヶ月で辞めてしまったのはどうして?」

と私に優しく尋ねました。

 

 「結婚して転居して就職したのですが

 夫が急死して…

 思い出の残る土地にいるのが辛くて

 地元に戻ってきました」

小さな声がどんどん小さくなっていくのが自分でもわかりました。

私が「急死」と言う言葉を発した瞬間、

私の前に座っていた5人の面接担当者全員が

一瞬硬直したのを感じました。

 

師長さんはお花のように優しい方でした。

初出勤の日、そっと呼ばれて

「ここはね、おしゃべり好きな人が多いの。

 ご主人を亡くされているって知ったら

 みんなに根掘り葉掘り聞かれて辛くなると思う。

 だからただの独身てことにしましょう」

と言って

「何かあればメールしてね」と

携帯のメールアドレスを交換してくれました。

そして高そうなピオーネをくれました。

面接の日に着ていた7号サイズのスーツがブカブカ

ベルトをしてもウエストが落ちてしまい

見えない部分を洗濯バサミで留めていました。

それくらい痩せ細っていたので

私に何か食べさてあげようと

美味しくて口当たりのよいピオーネを

買ってきてくれたのかもしれません。

 

ひと粒食べたらものすごく美味しくて

こんなに美味しいものを

私がひとりで食べるのはもったいなくて

食欲がないと言っていた母にも食べさせてあげようと

実家にお裾分けしに行きました。

美味しく食べてもらえたかなと

翌日母に電話をすると

「そういえば食べたかな」

という反応で

ちょっとがっかりしてしまいました。

 

私は、父や母と「美味しいぶどうだったね」と

交わしたかったのです。

 

食べられない日が続いていた私にとっては

美味しいと感じられることが稀有だっただけに

「あんな反応されるならひとりで食べればよかった」

と母に対して意地の悪いことを思ってしまいました。

 

私は看護師がやりたいというよりも

毎月安定した収入が必要でした。

数年前に35年で組んだ住宅ローンがあったからです。

(両親を綺麗な家に住ませてあげたくて28歳で新築の建売住宅を購入しました。頭金などなかったので全額借り入れました)

 

看護師として働いていると

あの日を思い出す出来事に度々遭遇しました。

心肺蘇生や臨終に立ち会うこと

何かの数字が命日と同じというだけでも

窒息しているような苦しさに襲われました。

 泣きたい 息が苦しい   

いつもそんなことで頭がいっぱいでした。